銀行に就職した男

大学時代に、かつて相部屋だった男を見た。

靴用の除湿剤とタバコを買いにドラッグストアに入った時のことである。新卒で彼は銀行に就職した。買い物かごを持ち、店内を歩いていた彼はスーツを着てネクタイを締め、革のコートを着ていた。お互いに目も合わさなかった。会話も無論ない。彼は奇妙な趣味嗜好を持った人間であった。

彼はホワイトカラーの匂いがした。一方、こちらはというとナイロンジャケットを着てデニムを履いている。靴はスニーカーである。学生時代は私の方がイケていたはずであるが、20年ほどで人生は逆転したらしい。安全靴に入れる除湿剤を買い、頭にはニットキャップをかぶっている。安全靴のせいで足の形は変形してしまった。腰にヘルニアを患い、歯も磨り減ってボロボロである。仕事の時に着るのはスーツではなく汚れた作業着である。唯一、自慢出来るとすれば従業員の人数は私の勤務先のほうが多い。どこで差がついたのであろうか。それにしても狭い街である。

ある大金持ちに言わせると、人はその職業に呼ばれるのだという。であるならば、彼は金融の仕事に呼ばれたのであろう。私は肉体作業に呼ばれたのか。残念ながら学生の時に切望したデザインの仕事には呼ばれなかったらしい。今の私には薄汚れた作業着が似つかわしいのであろうか。かつて、とてもおしゃれだった当時はしのぶべくもない。

やはり銀行マンになると、休日にはゴルフぐらいやるのであろうか。間違っても柔道やボクシングはやらないのではないか。ゴルフは、それにしてもカネのかかりそうなスポーツである。シューズやドライバー、ウェアだけでも結構な金額がかかりそうである。ゴルフにはまる人間に言わせるとショットを打った時の快感が忘れられないらしい。私がゴルフを出来るくらいの経済力をつけるのはいつの日であろうか。

どんなに美味しい食べ物でも、必ず賞味期限がある。どんなに高級な生鮮食品でも有効期限がある。食べ物はいつか必ず腐るのである。それと同様に若い時は大人気だった私も時間とともに劣化してしまったようである。毎日のことなので自分では気付きにくいのであるが確実に進行しているのである。知らない間にキモメン扱いされるようになった自分がいる。腐敗は進むことはあっても戻ることはない。この事を受け入れた上で前を向いて生きていくしかないのであろう。

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