定義

 憧れの先輩が定時より一時間も早く出社してきた。頼まれた仕事をしておいたことを伝えると礼を言われた。朝から冷たいはずの水の中に手を突っ込み現場の仕事をしていた。

本来ならお局さまを現場に出すのがスジではないか、と私は思うのであるが上層部の考えは違うらしい。

これを可哀想と見るか、それとも男と肩を並べて働いている強い存在と見るか、定義の仕方ひとつで結果は全く違うものになる。

夜勤の仕事をしている自分は価値のない存在と定義するか、何の仕事をしていても自分は価値のある存在と定義するか。
仮に、こんな自分は価値のない存在であると定義した場合、同僚の人間たちもまた価値のない人間という答えになる。
逆に何があっても彼らは価値ある存在と定義すれば自分も、また何を職業として食っていても価値のある存在という答えになる。

最適な解を得るには、一番最初の定義が最重要なのだ。

自分の人生の目の前で起きた出来事、事象は中立である。良くもないし、悪くもない。
起きた出来事を良いものにするか、悪いものにするかは自分次第である。己の思考が全てを決するのだ。

俺は金持ちになりたいのか?それとも芸術家になりたいのか?
自分の好きなこと、やりたいことを職業に出来なかった人生には価値がないという前提なのか?

ところで進撃の巨人みたいな顔をした先輩に、「クルマを買い替えたのか?」と聞かれた。会社の駐車場には従業員のクルマが100台以上停めてあるはずである。何故、私のクルマが判別出来たのか?「前は白いクルマに乗っていたけど、今度の車体はシルバーだね」と言われた。もしかしてストーカー?そう言えば、「今度、二人てわ飲みに行こう」と誘われた。

飲みに行った後に何をされるのか?

もしかして女性ではなく、男性が好きな人なのか?しかし、この人は高校の時の同級生の女性と結婚している。もしかして男も女もいけるバイセクシャルなのか?謎は深まるばかりである。何故、数多くあるクルマの中から私のクルマを識別出来たのか聞いてみたい気もするが、怖くて気持ち悪くて聞けない。もしかして、今の職場はホモの多い職場なのか?つきまといの有る職場なのか?

このコワモテの先輩は課長の顔を見て、ボンボンのような顔だと言った。進撃の巨人みたいな顔をした、この人にすれば、全員ボンボンのようなものではないか。そして、そのボンボンのような顔の課長に責任者を降ろさせてくれ、と喚いて暴れたのは自分ではないのか。

error: Content is protected !!
PAGE TOP ↑