悪魔との取引き「0」と「4」
疲れ切った身体で横になっていた。いつもの如く三交替の仕事が終わってからのことである。毛布をかぶっても寝付けない。
何も考えられなくなった脳に強いアルコールを浴びせるように深酒をする。そうやって眠るのが日課となっていた。
眠る前にはKISSやレデイー・ガガなどの悪魔崇拝者の音楽をネットの動画サイトで酒を飲みながら視聴する。彼らは悪魔と取り引きをして成功したのだ。
私も成功したい。
何故、彼らの前には悪魔が現れて、オレの前には悪魔が現れないのか?
きっと血の生贄をささげていないからではないか?
そう考えたオレはカッターナイフを取り出し、軽くリストカットをしてみた。
赤い血が出た。
あほくさ。もうやめておこう。寝よう。明日も早い。
しばらく、まどろんだ。交替勤務をしていると昼夜逆転の生活なので眠りは、どうしても浅くなる。病院で睡眠薬を処方してもらったこともあるが、カネがなくなったので病院にすら行けない状態がしばらく続いている。
その晩、枕元に悪魔が立った夢を見た。
何故か、その存在が、それがアクマと解った。
悪魔は取引きを申し出た。
悪魔は私に何が欲しいかと問うた。
私はアラビア数字の「0」と「4」が欲しいと答えた。
何人(なんびと)も私の許可なくして「4」と「0」が使えなくなるようにしたい。
悪魔は深く頷いた。
「オマエに、その権利をやろう。しかし、オマエはその権利により魂を失う。つまり40歳になったら死ぬのだ。良いか?」
私は、小さく頷いた。今、35歳なら後5年か?そんなことを考えた。
そして、ふたたび浅い眠りについた。
何故「0」と「4」なんて言ったのだろう?もっとわかりやすく「現金100万円」とかいえば良かったのではないか?
まあ、いいさ。どうせ夢だ。おかしな夢だ。
目ざまし時計がけたたましく鳴り響いた。
時計を見ると長針が「12」短針が「4」を差している。
午前4時である。今日は日勤の前残業対応なので5時出社、18時退社の勤務シフトである。
変な夢を見たな。いつもより寝覚めが悪かった。
いつもの如く、歯を磨き顔を洗い、タバコに火を点ける。一本吸い終わったところで、家を出てクルマに乗り込む。
辺りは、まだ暗い。
国道沿いのコンビニエンスストアでパンとコーヒーを買う。レジが表示した金額は「440円」だった。
私は、ふと昨日の夢のことを思い出した。
「タダにしろよ。いや、せめて4円にしろ」
口に出しては言わないが頭の中で考えた。
すると、どうだろう。レジに表示された数字が「440」から「4」に変わった。
ん?
寝ぼけているのか?とも思ったが、とりあえず1円玉を4枚払って、今日の朝食にありついた。
どういうことだ?クルマを運転しながらパンをかじる。コーヒーを胃に流し込む。
ま、いいか。少し得をした。
会社に到着した。タイムカードを通す。
出社時刻は「3時39分」だった。いつもと同じくらいの時間であろう。
更衣室のロッカーで会社の制服に着替える。今週の直は今日で2日目、作業服は少し汗臭い。工場での仕事は単調である。毎日、同じことの繰り返しである。もっとも工場以外でも仕事なんて、全部そんなものかもしれないが。私が今やっている仕事はビルの窓に入れる窓枠の生産である。
現場に着くと、いつもの顔ぶれである。皆、疲れ切った表情をしている。交替勤務の労働者なんて奴隷と同じである。
時計の針が「4時」を示したところで、ラジオ体操の音楽が流れる。適当に身体を動かす。
上司からの朝礼が始まる。
「えー、本日の生産計画は、、、」
はやい話が昨日と同じということである。
そして明日も同じである。
1年後も同じ。
たぶん5年、10年後も同じ。何も変わらない。
朝礼が終わり、持ち場に着く。生産伝票が回ってきた。
「品種 GTY6783567 生産数 25」
これなら二時間くらいの仕事であろう。
ただ黙々と自分の仕事をこなす。
予定通り、ほぼ二時間で最初の伝票の仕事を終えた。
ここで休憩のチャイムが鳴る。約10分間の休憩である。外の喫煙所に行き、タバコに火を点ける。辺りは、ようやく明るくなってきた。
喫煙所では、数人の同僚がベンチに腰掛け、下を向き、各自、自分のスマートホンを弄っている。コーヒーを飲み、タバコの煙を吐き出す。
誰も口を開かない。ここにいる人間は全員聾唖者ではないかと思う。
休憩の終了を告げるチャイムが鳴る。現場に戻る。
オレはイボ付きのゴム軍手を手首まで引っ張りあげた。余談かもしれないが、オレはこの滑り止め防止のイボ付き軍手を見るたびにイボ付きのコンドームを思い出してしまう。
次の生産伝票が回ってきた。
「品種 ARN67489063 生産数 40」
今度は40個も仕上げなければならない。
せめて「4個」だったら良いのに。そんなことを考えながら汚れたイボ付きのゴム軍手で取り付け部品を取った。
すると、どうだろう。さっきまで「生産数 40」と書かれていた伝票に数字が「生産数 4」に変わった。
夢か?
4個だけなら、生産は直ぐに終わる。
不思議なことは、次々と続いた。
「生産数24」を「生産数20」に「生産数100」を「生産数1」に、私の念力のようなもので変えることが出来たのだ。
しかし、「生産数25」とか「生産数35」については何も変わらなかった。
どうやら、私が数字を変えることが出来るのは「0」と「4」だけらしい。
あの夜に見たアクマとの取引は本物だったのであろうか?
キツネにつままれた?否、悪魔につままれた不思議な感覚とともにオレは一日の仕事を終わらせて会社を後にした。
クルマを運転しながら、今日の出来事を反芻してみた。
いったい何が起こったのか?
ハンドルを握りながら考えた、ふと前を見ると走行距離が今、この瞬間に140,000キロを超えた。
今、乗っているクルマは使い古した軽四である。
だいぶ、ボロい。そろそろ買い替えの時期であろう。タイミングベルトは走行距離が10万キロになった時に交換した.タイミングチェーンのクルマには乗ったことがない。
オレの頭は混乱していた。
国道沿いを走らせていると宝くじ売り場が左手に見えてきた。そういえば数日前にロトを買ったはずだ。カネがないので一口だけ買ったのだ。
オレはクルマを宝くじ売り場の駐車場につけた。クルマを降りて当選番号を確認しにいく。
気になる当選番号を見ると、
「03」「14」「20」「30」「38」「43」ボーナス数字「29」とある。
気になるオレの数字であるが、
「09」「10」「24」「34」「38」「43」である。
結果から言うと本数字3個と一致の5等、1000円である。
最近は、5等すらも引っかかることはなかったので、まあ良い方であろう。
私は、もう一度、自分の数字を注意深く良く見てみた。
当選番号が、「03」「14」「20」「30」「38」「43」
自分の番号が、「09」「10」「24」「34」「38」「43」である。
何とかなるのではないか?
なんせ、俺は「0」と「4」を好きに変えることができるのだから。。
まず「10」を「14」に変える。「24」を「20」に変える。「34」を「30」に変える。
これで「本数字5個と一致」の3等になるのではないか?軽く念じてみた。
この場合、自分の番号を変える方法と当選番号を変える方法があると思うのだが、オレは自分の番号を変える方を選んだ。そっちの方が目立ちにくいと思ったからである。
当選番号が急に変わったら世の中の人間が騒ぎ出すかもしれない。
結果は、、、
オレの番号は、
「09」「14」「20」「30」「38」「43」に変わった。
イカサマのバクチのようであるが、何はともあれ、俺は3等賞金の約70万円を手に入れることになった。
次の日には、会社を辞めることにした。
汗臭い作業服と安全靴、黒く汚れたイボ付き軍手をゴミ箱に捨てた時の爽快感はたまらなかった。夢にまで見た瞬間とは、こういうことを言うのだろう。
今まで乗ってきた軽四を下取りに出して新しいクルマを買うことにした。フェラーリなどの高級車にしても良かったのであるが成金臭いので、無難に国産車にすることにした。
軽四を下取りに出す時に、少しイタズラをしてみたくなった。
この時の走行距離は140、047キロだったのであるが、メーターの数字を「17キロ」にしてやったのだ。つまり「4」と「0」をすっきり消してやったのだ。
車体は錆びついてボロなのにメーターの走行距離は新車同然である。
「何か、小細工しましたね」とクルマ屋に言われた。車体がボロなので下取り価格もタダ同然だった。
かつてなら、下取り価格を1円でも高い業者に引き取ってもらおうとしたが、今ではそんな必要もない。
俺は自由に「数字」を作ることが出来るのだから。
世の中は数字で出来ている。駅の時刻表、通貨単位、健康状態を表す血圧の値、肝臓のガンマGTP、俺はこうした数字を条件付きとはいえ、自由に変えることが出来るのだ。
通帳に印刷された「0」の数字を勝手に変えても誰からも咎めはないのだ。
オレのバックには何せ、悪魔がついているのだから。
ジミー・ヘンドリックスが「if 6 was 9」と唄ったが、数字を変えるのは楽しかった。
銀行預金の通帳に記された「230円」の数字を「2、300、000、000、000円」に変えることも出来るのだ。
何だって、やりたい放題だった。
遊んでいても、豪遊してもゼニは減らない。だって俺は「数字」を勝手に書き換えることが出来るのだから。
暇つぶしにカジノに行った。ラスベガスである。初めて飛行機に乗った。「0」と「4」に張れば私は必ず勝った。赤も黒も関係ない。
グリーン「0」は36倍のオッズである。現地では豪遊した。
帰国して、とりあえず、100万円の銀行小切手を振り出した。
そこで思いついたのであるが、銀行業務をしている連中に「税」を課すことにした。
「0」 と「4」を使うときは、俺に「40パーセント」の税金をオレに払え!
また、通貨を発行する世界中の政府に、「0」の使用料を払うことを求めた。
アメリカなら100ドル札、50ドル札、20ドル札、10ドル札である。50セント硬貨は(Half Dollar)2分の1ドルなので除外、10セント硬貨もDimeなので除外された。
日本なら10000円札、5000円札、1000円札、500円硬貨、100円硬貨、10円硬貨である。使用料を「4」パーセントに定めたが通貨発行量の4パーセントである。
かつて「我に通貨の発行権を与えよ。さすれば誰が法律を作ろうと構わない」と言った銀行家がいたが、それよりも凄いのではないか。
これだけで天文学的な数字になるはずだ。
「0」 と「1」で動いているデジタルデータは、オレの許可なしに使えなくなった。でも「1」の権利はない。「0」だけだ。
俺は「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9」この10個の文字の二つだけを手にいれることで世の中全部を手に入れたも等しかった。
「0」 を発見したのはインド人らしいが、私はインド人の発明を自分のものにした。
悪魔はオレに言った。「40歳で魂をもらう」
これはオレが39歳の時に見た夢の話。無論、俺は40歳を過ぎても生きている。死んだ方が良いのに。
どうせ、生きていてもロクなことはない。
そして、オレは悪魔との取引きを現実のものとするために41歳になる前にネクタイをホテルのドアノブにかけて自殺しようとしている。
これでいいのだ。たぶん。
悪魔は、結局自分の内側にいたということであろうか?